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日本語(にほんご)表記法(ひょうきほう)世界(せかい)類例(るいれい)のない複雑(ふくざつ)なものである」とは、どういうことか
ミカノハラ イツオ 
 わたしたちは、「日本語の表記法は世界に類例のない複雑なものである」と指摘しています。これはどういうことなのか、ご説明しましょう。

1.日本語は通常、漢字、ひらがな、カタカナの3種類の文字を使って書き表わします。3種類の文字を使っている、ということだけでも十分に複雑です。もっとも、2つのカナは表音文字であり、数もそれぞれ基本は50ほどにすぎず、たやすく覚えることができます。問題は漢字です。漢字は表語文字であって次のような問題があります。

2.漢字の数は5万とも10万とも言われるほど膨大なものです。日常的に使われているのは数千としても、アルファベットやカナなど表音文字とは比較にならない数です。数が多ければ、当然字の画数も多くなり、字形も複雑になります。習得するのがやさしくはない文字です。

3.数が多いだけではありません。読み方が大変に複雑です。漢字の本家、中国では、漢字の約9割は読み方が1つしかありませんので大きな問題はありません。それに対し、日本での読み方はいくつもあります。音読みと訓読みがあり、さらに、それぞれが複数あるのが普通です。
 「生」という字を例にとってみましょう。
 中国語では、この漢字の読み方は、「sheng」1つだけですが、日本語での読み方は、次に説明するように、あまりにも沢山あり、正確には数えきれません。
(1)音読みでは、呉音の「しょう」と漢音の「せい」の2とおりがあります。
訓読みでは、「い(きる・かす・ける)」「うぶ」「う(む・まれる)」「お(う)」「き」「なま」「な(る)」「は(える・やす)」と、いく通りもの読み方があります。
(2)音が濁る場合もあります。「たんじょう(誕生)」「へいぜい(平生)」「めばえ(芽生え)」など。
(3)熟語では送りガナを含んだ読みをすることがあります。「いけにえ(生贄)」「はえぎわ(生際)」など。
(4)特殊な読み方があります。「あいにく(生憎)」「しばふ(芝生)」「わせ(早生)」「おくて(晩生)」「やよい(弥生)」「きっすい(生粋)」などなど。
(5)熟語の読み方も1とおりとは限りません。「生得」は、「せいとく」とも「しょうとく」とも読みます。「生花」は、「せいか」とも「いけばな」とも読みます。「生絹」は、「せいけん」とも「きぎぬ」とも「すずし」とも読みます。このようなケースはたくさんあります。
(6)固有名詞にいたっては、まったくの無秩序状態です。「羽生」という姓は、「はぶ」とも「はにゅう」ともよみます。「芳生」という名は、「よしお」とは限りません。「よしふ」と読む人もいます。「よしき」「ほうせい」などと読む人がいてもまったく不思議ではありません。「生」の人名に使われる読みには、字典にのっているものだけでも、「あり」「おき」「すすむ」「たか」「のう」「のり」「ふゆ」など多くの読み方があります。名の読ませには制限がないので無限の読みがありえます。本人か知っている人に聞かないかぎり分かりません。
(7)地名では「おごせ(越生)」「ちくぶ(竹生)」「ふっさ(福生)」などの「難読地名」は、いくらでもあるでしょう。「石生」と書いて、「いそう」と読むところも「いわなし」と読むところもあります。
 地名なら、特別の努力をすれば、あるいは全部を覚えられるかもしれませんが、人名をすべて調べあげることは不可能です。
 小学校の第1学年で習う、「やさしい」はずの「生」というたった1字をとってみても、この有様です。これが数千字もあるのです。わたしたちは普段はあまり意識することはないのですが、よく考えてみれば、これは大変なことだと気がつくはずです。
 どういうときに、どのような読み方をするか。規則などなく、習慣があるだけです。ここで書いてきたことは、日本語だけにおきていることがらです。同じく漢字を使っている中国語でもおこりえないことです。これを「世界に類例のない複雑な」表記法と言わずして何と言うべきでしょうか。

4.漢字の書き方も大変に複雑です。
(1)「生かす」と「活かす」、「固い」「硬い」「堅い」、「変わる」「替わる」「代わる」のような多くの異字同訓があります。「うむ」は、「生む」のほか、「産む」とも書きます。ほかに、「字む」「娩む」「養む」とも。どう書き分けるのか。このような問題が数限りなくあるのです。
(2) 熟語の書き方も1とおりではありません。「いけばな」は「生花」か「生け花」か、それとも「活花」か「活け花」か。どう書いても意味は同じ。どう書くかは個人の好み、あるいは気分次第ということです。
(3)送りガナの問題があります。「うまれる」は、「生る」か 「生れる」か、それとも「生まれる」か。「うまれかわる」は、「生れ変る」か「生まれ変わる」か。「うちあわせ」は、「打合せ」か「打合わせ」か「打ち合せ」か、それとも「打ち合わせ」か。
 こういうことも日本語以外ではおこりえないことです。「世界に類例のない複雑な」表記法なのです。

 どうしてこういうことになったのでしょうか。
第1に、漢字は表語文字であって、そのままにしておけば、数が限りなく増えていく性質をもつものであること。
第2に、漢字は本来、中国語を書き表わすために生まれた文字であるのに、中国語とは系統が違い、文法・音韻体系・語彙も異なる日本語の表記に無理やり使ったこと。
 こうして「世界に類例のない複雑な」表記法が生まれたのです。そして、このことに漢字と日本語の相性の悪さが重なって、日本語にさまざまな害毒をおよぼすことになったのです。このことについては、別の項目でご説明することにします。

 (『カナノヒカリ』 959ゴウ 2015)

(このページおわり)