「カナノヒカリ」 906ゴウ (2000ネン フユ)

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》雑誌の紹介《  三元社 『ことばと社会』

                                             キクチ カズヤ 


   
 本誌の昨年2月号で紹介した『イデオロギーとしての「日本」』(ましこ・ひでのり著)の発行元である(株)三元社から雑誌『ことばと社会』が昨年5月に創刊された。年2回刊行される。
 三元社は社長のほか社員ふたりの小さな出版社で、美術史や社会言語学などの本を出版してきた〔注1〕 が、昨年は『ことばと社会』のほか、西洋美術史では初めての専門誌『西洋美術研究』を創刊している。〔注2〕
 『ことばと社会』のめざすものについて、同社の「創刊雑誌のご案内」には次のように書かれている。「言語をとりまく政治性・権力性を射程に入れた、あたらしい言語文化研究誌の誕生です。」「近代国家への反省から多文化主義・多言語主義が語られるようになりましたが、その具体像はいぜんとしておぼろげなままだといえましょう。ことばのマイノリティの権利が擁護され、複数の言語、各種の雑多な言語が共存できる社会への可能性をさぐることを課題として、本誌は創刊されました。」
 1号の特集は「地名の政治言語学」。このほか、「海外雑誌論文」「リレー連載・コンピュータと多言語」「連載報告・多言語社会ニッポン」「〈多言語社会研究会〉報告」などが収められている。
 ところで、この雑誌を本誌で紹介しようというのは、国語国字問題そのものをテーマとしているのではないが、それに関連する論文がいくつか収められており、本誌の読者にとっても参考になるだろうと思われるからである。以下、各論文のテーマにかかわりなく、この問題に関する部分のみをごく簡単に紹介する。
◆巻頭エッセイ「日本語とアイヌ語のある国」(柴田武)
 北海道のアイヌ語地名に漢字が当てられ、アイヌ語の抹殺が進行したことや、最近、アイヌ語の新聞が発行されている〔注3〕こと、北海道でアイヌ語地名をカタカナで書こうという運動が盛んになりつつあることについて述べられている。
◆「戦争と地名「大東亜戦争」の場合」(安田敏朗)
 軍事占領下の広大な地域、「大東亜共栄圏」内の地名が日本語文脈の中でどのように扱われたかについて概観されている。文部省による地名・人名の表記統一案は1902年にさかのぼるが、そこでは中国・朝鮮の地名・人名は日本漢字音読みによる、とされていたという。
◆「アイヌ語地名の併記を考える」(小野有五)
 アイヌ語に基づくものがほとんどである北海道の地名は、一方的な日本語化(漢字化)により、本来の音が変えられてしまっていることが多いが、いま、アイヌ文化尊重の気運が高まる中、アイヌ語地名の併記(カタカナとローマ字)を求める運動が進められていることが紹介されている。
◆「「地名の政治言語学」のための文献案内」(ましこ・ひでのり)
 地名の漢字表記の問題に関する文献もかなりの数紹介されている。
◆「サイバースペース多言語主義と言語/権力フォラム」(西垣通)
 国際文字コードである「ユニコード」には批判もあるが、国際規格として流通し始めた以上、改良し充実させていくべきである、また、各国の人名を、日本語、英語、中国語、韓国語の文字でいかに表記するかは、アイデンティティーにかかわる問題である、と主張している。
◆「琉球弧の言語@」(西岡敏)
 ウチナーグチ(沖縄語)を表記するとき、どのように漢字を使えばいいかが問題になるという。(ウチナーグチは、固有名詞をのぞき、漢字の使い方が決まったものは少ない。)
◆「「ベトナム語意識」における「漢字/漢文」の位置について」 (岩月純一)
 ベトナム語は現在、ローマ字で表記されており、漢字は完全に排除されているが、「漢字語彙」の使用の是非について議論されているという。
◆「「うちなーぐち」の現状と展望」(中村淳)
 ウチナーグチを表記するには「日本語の表記」では不十分であるとし、「沖縄文字」を作った船津好明の試みは評価されてよいと主張している。(「沖縄文字」はヒラガナをもとに作られたもの。)
◆「戦前・戦後日本の言語事件史」(安田敏朗+ましこ・ひでのり)
 左翼ローマ字運動事件や漢字制限運動、朝鮮人名の日本語読み裁判などが取りあげられている。カナモジカイにもふれている。
◆「Mokuzi」
 ローマ字書きの「目次」。人名の表記は、訓令式あり、ヘボン式あり、エスペラント式ありで、姓名の順序などもいろいろ。(「あえて統一しない方針」であると編集後記で説明されている。)
 国語国字問題に関連すると否とにかかわらず、言語に多少なりとも関心のある人なら、いずれの論文も興味ぶかく読めると思う。これだけの内容( 200ページを超す)で2200円という本体価格は決して高くない。

 (この文章では、敬称を略させていただいた。)

〔注〕
 1 国語国字問題関係では『國語國字問題の歴史』(平井昌夫著 安田敏朗解説)を1998年に発行している。これは、1949年に昭森社から再版されたものの復刻版(初版はその前年に刊行)。ローマ字論の立場から書かれたもので、カナモジについては正当な評価がされているとは言いがたく、また、理論面では時代的な制約を感じざるを得ない。が、多くの資料が用いられており、国語国字問題の歴史をたどるには参考になるだろう。付録の「国語国字問題年表」のうち、カナモジ運動に関する部分はカナモジカイのマツサカ タダノリが編集に協力している。本体価格8000円。
 2 読売新聞の記事(1999年5月11日夕刊「手帳」欄)による。
 3 アイヌ語ペンクラブ(北海道沙流郡平取町二風谷80-25 萱野志朗気付)から発行されている『アイヌタイムズ』(季刊、1997年創刊)のことであろう。これは現在、ページの左半分がカタカナで、右半分がローマ字で書かれているが、残念ながら、カタカナは明朝体で読みやすいとはいえない。(カタカナ書きの方は、なぜか漢字まじり!)別刷りの日本語版も発行されている。


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